カテゴリ:思想・哲学・文化評論( 5 )

2012年 01月 22日
表現者スペシャル・さようなら戦後日本[桜H24/1/21]
久々に昨日放送された討論の動画をアップします。









今回の討論は面白いし、深い討論でした。
戦後日本の終わり、戦後の日本的思考のおかしさを断罪しています。

TPP問題で有名になった皆さんも知ってる人が多いと思いますが
中野剛志先生も西部邁先生のお弟子さんでオピニオン雑誌表現者の執筆陣でもあります。
今回も中野先生の問題提起、「バカ保守」というのがいい例えです(笑)

日本には保守と騙る似非、営業、バカ保守が異様に多いです。
保守思想を理解しているまっとうな保守派というのは実はもっと少ないもので保守派は優秀な人が多いのだという、中野先生の言上げに対してなるほどと納得しましたね。

また、戦後保守の定義をフィリップにまとめて出してくれた富岡先生の表を書き起こすと、

・親米保守 →米国に依なすればよしとする 従属根性
・改革保守 →「維新」という語を取り違える 錯覚野郎
・経済保守 →戦後の経済成長を礼賛する 成金趣味
・反共 反マルクス保守 →共産主義を敵とする 右翼小児病
・皇室保守 →皇室を愛護すればよしとする 今中主義
・風土論保守 →一神教を理解せず多神教賛美 宗教音痴


わかりやすくまとめてくれたな~(笑)
戦後保守にまともなのがいないという訳で、サヨクに至っては論外だ、という事で話す余地も無い訳です。
今起こってる大阪の橋下維新の会なんか典型的なバカ。
結局、小泉政治の焼き回しの様な事をやってるだけで、大阪はますます疲弊していく事は間違いなさそうです。

結局、日本人って物事とか理論というものを深く考えないんだと感じます。
雰囲気とか、感覚感性、で判断していると感じますね。
感性感覚も一体どこから発生してるのか?とか考えないでしょうし。
今回の議論は実存主義的な部分にまで及んでいて深い議論で勉強になりました。

by windmark-sakura | 2012-01-22 11:30 | 思想・哲学・文化評論 | Trackback | Comments(0)
2011年 10月 16日
表現者スペシャル「戦後保守の意味を問う」[桜H23/10/15]
久々にチャンネル桜で勉強になる討論があったので動画を貼っておきます。









ハイデッカーやニーチェも話に出てきて、読まないといけませんね(汗)
自分も勉強がまだまだ足りませんので時間があれば読んでいかなければと思います。
実存主義哲学の勉強が必要なのか・・・(笑)

自分がここ最近考えていた問題を今回議論で話し合われたのですごく勉強になりました。
物事を判断する基準とは一体どこから来るのかと言う事です。
自分は判断する基準とは己の経験や、己の所属する共同体、つまり国家や民族の伝統や歴史に基づく
常識や道徳から来るものだと考えていました。

遠からずあたっていたのですが、その常識や道徳が今の日本は崩壊してしまって判断基準が無くなってしまい漂流している精神状態が今の日本人の精神構造ではないか?と言う事です。

とりあえず議論内容は濃密なものですので、詳しく知りたい方は繰り返し見て、自分で考える事という作業をやってみる事です。
ただ議論の内容を見てそれを異口同音に話すだけの議論は単なる情報収集にすぎません。
だからいつもの討論の方が一般人受けするのは何も考えなくてもいいからなのです。
こういう議論が、議論の本質であり、冷やかしコメントを書いてる連中は自分で物事を考えられないのでしょう。
表現者の議論は見ている視聴者もこの議論を通じて物事を深く考え自分達もこの議論に対しての批評や思索を開陳して、
自分で物事を思索するという脱大衆化の作業なのです。
自分で物事を考えないで知識人からの発言を情報として吸収し、鵜呑みにするだけならそれは単なる大衆(マス)にすぎず、保守思想とはかけ離れた存在だという事です。
自分はこういう感じでこの議論を捉えていますが、戦後保守にはこういう事が理解できないという事なんだと思います。
開口一番、西部先生の言った日本に保守は無かったという事の意味を保守派と自称している人間は考えてみるべきです。

何も考えないでマスメディアの言う事を鵜呑みにしている日本人は単なる大衆にすぎない衆愚だという事。今の日本は衆愚政治にすぎないという事です。

by windmark-sakura | 2011-10-16 09:56 | 思想・哲学・文化評論 | Trackback | Comments(0)
2011年 06月 19日
【討論!】表現者スペシャル~震災後の文明転換論[桜H23/6/18]






やはり、西部先生が出る討論は聞いていてとても勉強になる^^
最初の議論での提言で西部先生が言った発言で要約して言うと、
原発事故を契機に反原発や脱原発という動きが盛り上がってきているが原発の代わりに自然エネルギーだの、自然に帰ろうだのと言っているが人類の文明はもう後戻りのできない所まで来てしまっている、そんな偽善を言っている連中は知的怠慢に他ならない、という言葉がすごく心に響いた。

原子力という原子レベルの制御も出来ない人間が今度は自然を制御して自然エネルギーをコントロールして電気を供給しようだとか普通に考えれば正気の沙汰ではない。
原子力は確かに危険なものだが今まで使ってきた既存の技術。危ない事は普通の人間ならだれでも認めるものだ。
それに対して自然エネルギーは未知なるエネルギー源であり、新技術である。
技術にはリスクや危険を孕むという今回の議論において再三言われている。
今度は自然エネルギーを利用するという新技術からまた新たな危機を自ら招きいれる事になるという事をまた原子力の時と同様にやるのですか?という事だ。

未知なる技術には何らかのリスクや危険は必ずあると思って間違いない。
このまったく厄介な文明論的な大問題をどう折り合いをつけて付き合っていくかという事が今回話合われた事だと自分は解釈した。

このパラドックス的なジレンマを抱えた問題にまともに向き合ってこようとしなかった
戦後日本人のツケが今押し寄せているのだと自分は思う。
自分達で危機との折り合いをつけて生きてくる事を放棄してきた今の日本人には今回の危機の対処など出来るわけがない。
危機に対しての構え方、そして物事の考え方を腹を据えて考えていかなければ日本の没落は今後さらに進む可能性があると自分は思う。
危機感と知恵を磨く事。そして危険や危機と対峙する覚悟が必要だという事が今回の議論を見ていて浮かび上がってきた事実だと自分は感じた。

by windmark-sakura | 2011-06-19 22:12 | 思想・哲学・文化評論 | Trackback | Comments(0)
2011年 05月 28日
危機の時代における核の意味 西部邁ゼミナール 2011年5月14日放送


伊藤貫先生登場^^
ホント伊藤先生のお話は勉強になります。

相も変わらず、日本人は今回の原発事故でまた核アレルギーでパニック状態になってる訳ですが
こうやってまともで、為になる議論や意見を言える伊藤先生と西部先生は日本にとっては貴重な人材ですね。

こういう正論が言えない日本人の感覚って一体・・・、と思うわけですが

今回は核武装と安全保障、国防の問題についての対談なわけですが、
今の状態でいけば10年後には日本は中国の属領になると警告しています。
アメリカの経済はこのままでいけば持たないので国防費を縮小してアメリカ大陸に引きこもる気でしょう。
2000年以降、新自由主義でグローバル化を推進してきたんですがこのグローバル化の失敗から一気にモンロー主義という引きこもりをやるアメリカという国は幼稚で稚拙で自分勝手でどうしようもないならず者国家ですね(笑)

こんなどうしようもないならず者国家に依存して守ってもらおうだなんて思ってる日本は最低な訳ですが、
こういう事を考えない日本人って伊藤先生が動画でも言ってますが、日本人には3つのPのうちの
Philosophical(哲学)、Paradigm(範型)、Polciy(政策)のうち、日本人はPolciy(政策)しか、話そうとしない、考えようとしない。
しかも単なる感情論でしか物事を考えないからいつまでたっても問題は解決しない。
こんな調子だから、いつまでたっても日本は諸外国からバカにされるし、誰も日本の相手なんかしないのです。
アメリカのキッシンジャーやオバマ、クリントンにしたって、表向きはあんなお上品で優等生な(笑)振る舞いをして日本との友好関係をアピールしていますが、裏ではジャップ呼ばわり、人間だとは思っていませんからね。
よほど日本人の性格や考え方や振る舞いが気に食わない、日本人を叩き潰して迫害したいというのがアメリカ人の本音だと伊藤先生はおっしゃっています。
日本人には、思想哲学のPhilosophicalと戦略の範型であるParadigmの議論や思索が全く足りないというか、しないと言ってます。
自分もこの動画と今回紹介された伊藤先生の本を読んで国際政治学の本も読まないとな~と実感しましたね

哲学なんかいらない!とか、正面切って攻めてくる国なんかない、どこの国が攻めてくるの?とか幼稚な事を言ってる連中がいる様ですが
そんなに他人が信頼できるなら、警察も法律もいらないでしょう。
世の中悪い人がいないなら、そんなものはいらないわですから。
たとえそうであっても、もしもの事があるからそういうものが予防的、予測的に必要だという見地に立てば
国防としての軍事力と防衛力は必要だという事は普通に考えれば判る事ですよね。
実際起こってる今までの人類の歴史と現在の状況を見れば判るとおり、そんなセカイヘイワだのという空想はありえないです。


サミュエル・ハンティントンや、ケネス・ウォルツ、ジョージ・ケナン、シカゴ大学教授のジョン・ミアシャイマー、
プリンストン大学のロバート・ギルピンといった、リアリストの書いた著書を読んで少しは勉強しないといけないですね。自分の不勉強さに恥じるばかりです。
自分は今、少しずつですがTPPの問題と国際関係学の勉強をしています。
まずはケネス・ウォルツの著書でも読んでみようかなと思いました。
今回の動画を見るだけでもかなり勉強になります。

by windmark-sakura | 2011-05-28 19:48 | 思想・哲学・文化評論 | Trackback | Comments(6)
2011年 04月 02日
東日本大震災に際し「西部邁ゼミ」メッセージ2011年3月19日放送


放送内容
評論家・西部邁が、「大地震について考えた文明論」を真剣に論じる。
【主な論点】
(1)歴史の運命 没落Heimatolos
(2)安全な文明?技術・文化制度
(3)危機管理 IT、HO InformationTechnology(情報技術)、HumanOrganization(人間組織)
(4)戦後 アメリカ依存 {global、規制緩和、市場、分権}
(5)国家 国柄・保護
(6)1930S Nazi Fasio
東北、関東の大地震が及ぼした甚大な被害の状況は、正に国難である。感情論とは別次元で考えるべき事がある。まずは、国難の時にもかかわらず、衰運に向かう日本国家について、近年を顧みることで、混迷する理由が明確に浮かび上がる。戦後はじめての危機の中で、衰運の予兆をも感ずる国家の混迷は、国民自らが選んでしまったことに気づかされる。
危機を乗り越えるには、日本人が数百年、数千年にわたる歴史の中で鍛え上げてきた常識(コモンセンス)、良識(ボンサス)によって培われたバランス感覚が肝要である。歴史に基づいた社会の大切さがあらためて認識させられ、安定した国民社会をつくるヒントが盛り込まれている。


今回の大震災で日本が文明論的における状況、そして一体どうなっていくのか、
日本人の戦後66年のあやまちや誤謬について述べています。
自分は西部先生を思想の師と仰いでいる方なのですが、やはり今回の分析も慧眼と言うべき鋭い分析をされています。
日本人の戦後、根本的に間違えてきた事がこの震災によって露わになったと言うべきでしょう。
西村幸祐先生は戦後空間の崩壊が始まったと評しています。

今の菅直人民主党政権を早く打倒し新しい政権をつくる、そして新憲法をつくり、核武装と日本国の国民軍を作ることが急務だと改めて実感しました。
今までの戦後日本の空間が世界的にも歴史的にも異常であったという事にいまこそ気づくべき、気づかなければ日本国は没落するという事でしょうね。
少しでも早く日本国民がこの真実に目覚めてくれる事を願うしかないです。

by windmark-sakura | 2011-04-02 07:27 | 思想・哲学・文化評論 | Trackback | Comments(3)